ほたすけと父のお出掛け日記

お出掛けが趣味の一家の記録です

賤ヶ岳〜小谷城〜姉川

昨日敦賀から岐阜に行く間に、妻のお義父さんお勧めの場所をいくつも通過していました。それがサービスエリアやインターチェンジの名前で見えてしまっていたので、行きたいと考えていた様子。本当は岐阜城も見たかったのですが、どうも妻の目的地がどれも登山を伴うと考えられ、あとから時間があったらとして滋賀に向かうことにしたdikでした。
岐阜駅からいったん金華城下のコンビニに立ち寄り写真撮影後、賤ヶ岳に向けて木之本方面に揖斐川をさかのぼって山越え。久しぶりの琵琶湖に抜けて、木之本駅付近から少し山に近付いたところが賤ヶ岳古戦場に登るリフト下でした。駐車場は満車だったので、近くの農協?の駐車場を間借りして歩いて登ろうとしたdik...ですが、登山口の看板で「ヒル出ます」の表示にビビったほたすけくん(泣)。すったもんだの結果結局リフトで登ることにしました...。

快適に尾根に出て、琵琶湖方面を展望しながら登ると、古戦場の表示のある城跡に到着(途中顔出しパネルが並んでいて(七本槍)、ほたすけくんも飽きずに登ってくれました)。琵琶湖だけではなく長浜方面(おそらく彦根城も!)や余呉湖も足元に見える絶景で、この周辺であった賤ヶ岳の戦い柴田勝家羽柴秀吉の戦い)に想いを馳せ...られませんでした(苦笑)。ここでもボランティアのお父さんにいろいろ教わったのですが正直初耳のことが多くついていけませんでした...が、黒田氏がこのあたりの出であることはよくわかりました。

眺めが良かったのでこれで山城は十分、と思ったのですが、次の小谷城は完全な山城ということが分かり、ちょっとビビり気味で向かったdik。中腹まで1.5車線の道を登り、最奥部の駐車スペースが満車だったために、妻とほたすけを降ろしてから一つ下のスペースに廻ってEXIGAくんを停めてから追いかける形で小谷城へ。本丸直前で妻とほたすけに追いつき、中丸、小丸、更にから山王丸まで登り切ってみました。尾根に人工的な段々が続いていて、途中であきらめることができないdik一家なので、結局ピーク(山王丸)まで登ってしまったわけです...が、やはりここまでは行っておいた方が、浅井家の大城郭であった城跡を感じることはできないと感じました。山王丸下の石垣はなかなか壮観でした!下から歩くと相当きついと思いますが、ここで実際に生活をしていたのでしょうか...入り口にも建物はあったようですが。

さらに妻指定の訪問場所である「姉川古戦場」にも立ち寄りましたが、こちらは山ではなく川沿いの記念碑のみ。本当は史跡が散らばっている感じなので、すでに帰宅の途につきたかったdikは橋を渡るだけで精一杯。このあたりでようやくほたすけが良く言っていた「朝倉・浅井」との闘いの概要が分かって来て、浅井三姉妹の道の駅がこの旅最後の立ち寄り場所となりました。また家に帰って振り返ってみます...。

ちなみに三連休最終日だけあって、高速道路はどこも混雑。一宮を先頭に80分という表示を見て、再び岐阜市街から関広見ICに廻って新東名に向かうことにしました。結局18時半頃に再び岐阜城を仰ぎ見つつ再訪を誓い、あとはほぼ渋滞なしで23時ごろに帰京できました。
2泊が3泊になり、紅葉の始まりと、歴史の名所を数々寄ることができ、中身の濃い旅行となりました。でもほたすけの知識がついて来てませんでしたけど...あとからでも思い出してくれれば幸いです。